ポスター / ホラー小説
■ラジオ局
ラジオ局に勤めていると、様々な人に出会う。
著名なアーティストやタレントはもちろんだが、作家大先生やなにかの専門家、アナウンサーもいれば、専任のDJもいる。
私はと言えば、その中にいない。
ADというやつだ。
ラジオ局で働いていると聞こえはいいのだが、ADなんていうものはADと言う名の雑用係みたいなものだ。
大して重要な仕事は与えられず、延々と道具を揃えたり手配をしたりと、ろくなことをしない。
その上給料も少ないときたもんだ。
ディレクタークラスになれば、生活水準はさぞ潤うのかと思いきや、見ている感じだけでいうなら、そんななに潤っているようにも見えない。
正直、やり続けていられるのはそういったタレントやら有名人を拝めるから、という面が大きいと言っていい。
しかし、生活できづらいのは辛い。時間があってないような仕事だから、副業もしづらいわけで……。
■古い映画のポスター
俺が働くラジオ局には、喫煙所が別に設けてある。
元々はどこでも喫煙可能……といった昔ながらの局だったのだが、昨今の嫌煙の風潮に煽られ、続々とどこのブースや部屋も禁煙となった。
喫煙者だが、ADでもある俺がタバコを吸うのは中々作りづらい時間でもある。
要は貴重な時間なのだ。
この局の喫煙場所は一か所しかない。一番奥にあるトイレの向かい廊下を突きあたった部屋。スタジオやブースから離れた場所にあるのだ。
だから下っ端の俺がそこに居るのは至難の業でもあるし、サボっていこうモノならすぐにバレてしまう。
「おう、里中。休憩いけ」
ディレクターのこの言葉がないと、煙草を吸うことすら叶わないというわけだ。
というわけで、この言葉をかけられた俺は揚々と喫煙所へといく。
喫煙所で煙草の箱を人差し指で弾いて一本取り出す。
100円ライダーで弱い火で、種を付けた俺は喫煙所に貼ってある古い映画のポスターに目をやった。
この喫煙所は元々、別の用途で使用していたらしい。
もっとも、俺が入社するよりずっと前のことらしいが、ここはゲストの控室に使われていたという。
そして、ここに貼られているポスターはというと、昔このラジオに出演した番宣目的の俳優が主演した映画だそうだ。
1982年と書いてあるから、今から30年以上も前に貼られたってことか……。
そう思いつつ煙草の煙をくゆらせる俺は不思議に思っていた。
確かに喫煙所があることはありがたいのだが、なぜこの部屋が選ばれたのだろう。
というのも、うちの局にくるゲストはそこそこ多い。
その為控室が不足することは結構ある話なのだ。
それを鑑みてみれば、この喫煙所は元々控室……。わざわざ喫煙所にする必要があったのか?
不足している控室を想いながら、俺はなんとなしにポスターの中からこちらを睨む時代劇のちょんまげ姿の俳優を見詰めた。
■視線
俺は喫煙所に来るたび、やけにポスターが気になるようになってしまった。
一日に2,3回は来る機会のある場所だ。
ということは、単純な話ほぼ毎日このポスターとにらめっこをしていることになる。
それともう一つ、俺には不可思議なことがあった。
「なんでいつも誰もいないんだ……」
この喫煙所で他の人間と会ったことがないのだ。
みんな、この喫煙所があることは知っているはずだし、俺がここにいることも知っている。
仮に俺が局の超お偉いさんだった場合、謙遜して入って来ない……なんてことは分かるが、俺はペーペーだ。
ポスターの男と目が合う度に段々と君が悪くなってきた。
そんなある日のことだ。
いつも通り、喫煙所に煙草を吸いに来た俺はポスターに異変があることに気が付いた。
(……少し剥がれてきてる)
そう、四辺に貼られたテープのうち右上が外れ、少し剥がれかかっていたのだ。
(ま、関係ないけど)
指示されていないことをわざわざやることもないか、と思い俺は剥がれかけたポスターを放置し、現場に戻った。
■俳優
映画の番宣で訪れた女優。テレビでよく出ているが、若くもないその女優に特に興味も無かった。
だが、その女優は番組の中で気になる名前を言ったのだ。
「佐倉魏の助」
その名は、俺の知っている名だった。
なぜなら、ポスターの俳優の名前だったからだ。毎日毎日見ていれば、ピンとも来る。
「あ……」
「どうした里中」
「あのポスターの俳優さんの名前ですよね」
「え? なんの話だ」
「あ、いえ……」
女優は佐倉魏之助の話を続け、面白おかしく話していた。しかし、その話題の最後でこんな気になることを言ったのだ。
「本当に残念だわ。あんなことになるなんて」
番組が終わった後で、俺は休憩を貰い喫煙所に行った。
そして、半分ほど剥がれたポスターを見ながら、スマホで『佐倉魏之助』を検索する。
『1982年。映画撮影中に機材の下敷きになり不慮の死を遂げた』
「……え、死んだの?」
俺が口にした時だった。ペラリと、なにかが捲れる音に目をやるとポスターがあった場所にポスターがなくなっており、黒ずんだ壁だけがそこにあったのだ。
「……」
言い知れぬ不安が過る。
まさか、……まさかね。
黒ずんだ壁の中から二つの光が見えた。……いや、光というかあれは。
――目だ。
「うわああっ!」
思わず叫んだ俺は、部屋を出ようとドアへ駆け寄る。
「こんにちは」
俺より先にドアを開けたのは、頭がぺしゃんこに潰れ、赤い肉や黄色い肉がぶりぶりにはみ出した着物姿の男。
これは……
「いつも見てくれてありがとう。僕の『顔』をあんなに毎日見てくれたのは君だけだよ」
「え……あ、……は」
「あんなに僕を見てくれていたってことは、その顔をくれるってことだよね?」
「ち、ちが……わああああ!」
……それ以来、俺はここから誰かが見てくれるのを待っている。
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